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広がる可能性『すき間を愛せよ』


突然ぶっ飛んだお話をします。

 

僕は『すき間』というものが大好きです!

 

例えば目の前に

ちょっと「すき間」の空いた扉があるとします。

 

その「すき間」を閉めてしまいたいですか?

それとも開けたままにしておきたいですか?

 

 

「すき間」を眺めていると

色々なことが思い浮かんできます。

 

 

「そのすき間の向こうには

どのような世界が広がっているか?」

 

「そのすき間は『無の空間』ではない。

そこには目に見えないものがウジャウジャと

存在しているはず」

 

などと考えていると「すき間」には

 

「まだ遭遇していない

未知なる大きな可能性が含まれている」

 

と感じられますし、逆に

「すき間」を意図して閉ざしてしまうこと

起こり得るチャンスの扉を

閉ざしてしまうようにも思えますね。

 

例えば目の前にアルミ缶が置いていて

その中身を想像してみて。

 

中がパンパンに詰まっているかも…

中はカラッポかも…

中は液体じゃなくて、小人の町が広がっているかも…

 

アルミ缶そのものの質量や存在感

少し違って感じられるはずです。

 

例えば自分の愛する人が目の前にいて

その人との「心の距離」を考えてみる。

 

すき間なんて埋めたい気持ちはヤマヤマだけど

 

二人のハートがすき間なくピッチリ

くっついていたなら?

 

今二人の間の空間そのものの距離に

お互いのハートが置かれていたら?

 

あまりにも遠すぎて

お互いのハートを感じられないくらいならば?

 

自分のハートそのもの

ぎっしりすき間なく詰まったものではなく

程よい空間を含んでいるものと

考えるのがいいでしょうね。

 

 

普段のレッスンではスタジオ内で

大した空間を感じなくても

舞台に立てば目の前に

広い空間を感じるはずです。

 

その空間を「埋め尽くそう」という考えは

素晴らしいですが、どちらかというと

「埋める」というよりは

そこに広がる空間の中に

たくさんのシャボン玉が浮いていて

その一つ一つのすき間を

 

 

「夢が広がる空間」

思えればいいですよね。

 

手の指指の間にも

5番に閉めた内腿の間にも

踏みしめる足の裏にも

お尻の割れ目そのものも

 

ちゃんとすき間があって

そのすき間を保つように

 

すき間を愛するように!

 

可能性は

広がりそうかな〜?