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感性を養ってほしい


 

バレエは目で見て楽しむもの

=ビジュアル・アート

 

形の綺麗なダンサーを見て

素晴らしいと感じ、

 

色とりどり、豪華な衣装や

舞台セットであればあるほど

質の高いパフォーマンスだと感じる

 

けれどそんな

「目に頼った判断」だけで

いいのかしら?

 

 

例えば、本当に目が見えない人が

バレエの舞台を観に行ったとしたら

 

一見何をしにきたのか

わからないような気がするけど

 

なまじ目が見えている人よりも

もっとすごい何かを

感じるかもしれませんよ。

 

 

人は目に頼りすぎている。

 

現代は特にそうだ。

 

目に見える形を信じ、色を信じ

見えないもの、形のないものは

信じ難い。

 

本当にそれでいいのか?

 

 

「あ」っていう字を見て

人はこれを「あ」と読む。

 

じゃあ「あ」に秘められた

気持ちってどんな感じ?

 

「あ」って「お」と比べて

どんな感じに違う?

 

 

優雅に踊っている人を見て

その人が見せているテクニックじゃなく

 

「この人はどんな気持ちで

踊っているのだろう?」って

想像する時に、それは

 

見る感じ?聞く感じ?臭う感じ?

 

いずれにせよその人の気持ちなんて

そこには見えない、聞こえない、臭わない

まるで存在しないようなものに感じるけど

 

確かに何かを感じるはず。

 

感覚って、そのためにある。

 

 

妻とSNSで会話する時

画面の文章を読んで

妻の気持ちが全く読めない時がある。

 

けれど、言葉を発さなくても

妻の踊っている姿を見れば

全て理解できる。

 

 

踊る側の人間としてもそう。

バレエって「目に見えるところ」を

鍛えるだけじゃダメなんだよね。

 

実際に、見ている人も

目に見える形よりも

気持ちとか感情とかを

見ている人も多いと思う。

 

 

目、耳、鼻、口、肌…

 

いろんな感覚を使って

 

自分のクオリティを上げていこうね。

 

 

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コメント: 2
  • #1

    みぽりん (日曜日, 12 1月 2020 19:40)

    盲目のピアニストの辻井伸行くんが、一貫して、浅田真央ちゃんのファンで、真央ちゃんを「見える」とも言っていたし、「滑る音が美しいから、きっと真央ちゃんは心も美しいと思う」と言ってたんですよね。

  • #2

    藤野暢央 (月曜日, 13 1月 2020 02:00)

    目が見えないことは、本当に不自由があるでしょうし、生活に困ることは、健常者には知り得ないところがあるでしょう。けれど、健常者には到底感じられないであろう素晴らしい感性を持っていらっしゃると思います。