· 

五感を尊ぶ「見えるもの見えないもの」その5


世界中のバレエスタジオには「鏡」がある。

 

鏡のないバレエスタジオなんておかしい。

 

鏡ってないと困りますか?と聞くと

「自分がどのように見えるか分からない」

だから必要であるという。

 

では鏡を見れば

自分の思わしくないところを指摘して

すぐに修正すれば、この先ずっと

「実感」として定着するか?というと

そうではないという。

 

では一体「鏡を使って」

何を見ようというのか?

 

自分が鏡をよく見るダンサーだったから

舞台に立った時に真っ暗な空間を前にして

「自分が何をやっているか把握できない」

という、体に関する不確定な感覚が

ドカンと襲ってきたのをよく記憶している。

 

結局「舞台で踊って見せる」とは

自分の「動き」や「形」が

どのように人の目に映っているか?

気にするところではなく、

 

自分の気持ちがどのようにあるか?

自分の体への感覚がどうあるか?

と、

「自分にとって自分がどのように映るか」

を最大に考えてみると

それがそのまま見てる人に伝わる。

 

スタジオに鏡はいらないね。

 

元々、鏡なんてない環境で

バレエを習ってきたとしたら

一体どうなってたでしょうね?

 

先生の感性を自分のものに転移しようと努め

周りなんて気に留めずに自分の意識に

最大に集中して

「想像通りの動き」へと向かって

育っていくのでしょうね。

 

平安時代ごろには

まともに顔が見れる鏡なんて

なかったんじゃないかな?

 

じゃあ自分が美人かブサイクかなんて

他人と見比べることなんてできないから

「内なる自分をどう持っていくか?」

ぐらいでしか測れないですよね。

 

もっと突き詰めていくと

周りはみんな「人間」だから

自分も「人間」でないと異常事態

と思ってしまうところが

実は個性を押し殺して

集団の一部と化していってしまう。

 

動物は目の前に同じ種の動物がいても

月夜の湖に自分の顔が映っても

まさかそれが「自分の見た目」と

感じていない。

 

あるがままに生きているのだ。

 

さあみんな自分を大スキスキな

「動物になろうっ!」

 

 

はい。お話がエスカレートし過ぎました。

 

 

というわけで僕は

皆さまのパッと見た目や

マニュアル通りの動きだけでなく

 

体内の宇宙に存在する

届くかどうかも分からない

「感覚」や「気持ち」の動きを

 

探そうとしている様が

とっても素晴らしい

と思っています。

 

 

藤野暢央の

『カラダストレッチ』

川崎スタジオ 月曜11:10

新宿スタジオ 水曜10:10

練馬スタジオ 土曜11:10

 

 

 

 

コメントをお書きください

コメント: 2
  • #1

    ブルー部屋 (水曜日, 01 5月 2019 23:24)

    先日は、ドアノックもご挨拶もなく突然ドアを開ける
    書き込みにもお返事ありがとうございます。

    改めて今晩は、はじめましてブルー部屋です。
    書き込みさせていただいて、ちょっと発想の転換が
    出来ました。

    出来ないことばかりのブルーの部屋は、出来ることの
    ピンクを増やし放題かも、先ず、1つピンク作ろうっと。

    不思議ワールドのこのブログ好きです。

  • #2

    藤野暢央 (木曜日, 02 5月 2019 23:31)

    コメントありがとうございます。

    そうそう、その調子です!
    すでに「できる事だらけの線路」に
    乗ってしまっている人生だったら、
    逆に「道を踏み外せない」という
    苦しみに囚われる人だっています。

    「できる事を探す」というのは
    あてもなくブラブラとショッピングに
    出かけるような楽しみでしかないですよね。

    僕もまだまだ楽しんでいこうと思います。